只在蘆花淺水邊

船をつながず、あやつらず、自然のままにまかせておく。風に漂い出ても、やがてまた浅瀬にもどり着くであろう。

Mar 17

Job Searching

いよいよ就活も本格化。いずれにせよ、四月中には終わらせたい…
面接もエントリーシートも数をこなしてきたので、かなり慣れてきた。今週からはリクルーターの面接も始まっているので、愛想良くはきはきと対応することに努めている。
きちんとこなして、四月中には就活を終わらせて、卒論の勉強へ早々と移りたい。
やっぱり17世紀だ。欲張りすぎてはいけないが、今のフランス語の語学力などとも相談しつつ、パスカルなどにも目を配りたい。

ソロスが師と仰ぐのはカール・ポパーだが、これまで全く手を付けていなかったポパーの本を少しだけかじってみた。
実にクリアカットな視点であり、なるほどこれは広い意味での(人生)哲学みたいな方面にも応用可能な体系なのだろうと感じる。

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それはさておき、市場がすごいことになっている。今週はいよいよ大変だ。果たしてどうなるのだろうか。


Feb 29

Motivation

いまさっき先輩と話していて、「メランコリーの研究」を「総合商社の志望動機」にどのようにして結びつければいいのでしょうねぇ。。自分でも分からないんですよねぇ。。
と、悩みを相談したところ「そもそも、何がきっかけで17世紀の歴史研究、というか思想史の分野に興味を抱いたのか」と問われ、「ヴァールブルクです。ベンヤミンも少しありますが」と答える。
そこを掘り下げてみよ、と言われたので、図書館に行く道すがら考えてみると…

おお、何か書けそうだぞ!
持つべきものは優れた先輩であります。。
やっぱり、ヴァールブルクは人生の師? かもしれない。


Feb 16

Interviews

履歴書/エントリー・シートの段階を通り越せば、あとの面接というのは、文字通りほとんど「マッチング」の問題だという気になってきた。上手くマッチするといいなぁ…と思うのですが、性格なんかはこの期に及んで変えられるものではないので、まあやむなしと言えばやむなしですね 笑
勉強になるもんだなぁ。

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確率論の哲学的な考察ということで有名なのは、カルナップのいくつかの著作であるらしい。
まだ読んでないのでなんとも言えないが、読んで分かるものかどうか。しかし、興味はある。
フランス系の哲学というのは基本的には解釈学の延長線上にあるものだから、未来志向ではない(おまけにプラトニズム的傾向を持ってしまう)。
プラトニズムにはさんざん付き合ってきたので、そろそろ反対の立場の哲学も見なければならないなぁと。


Jan 27

Obscurité

某海運会社はイメージしていたのと全く違って、、、残念。単純に違うと感じた。行ってみなければわからないことはたくさんある、ということがわかってよかった。ああいうところに行くと、人事の人、というか会社が新卒を取る時に、どれだけのリソースを割いているかがよくわかる。そこの会社は東大だと一年に三人くらいが入る。最後にその三人を採るために、半日の時間を使って、忙しいであろう社員を呼び出してきて、きちんと懇談の場を設けるというのだから、それは本当に大きなことだ。採用というのがそれだけ会社にとっては死活問題なのだから、採用される(たがる)方も、それと同じくらい本気じゃないと絶対に採用されないというのは目に見えている。
じゃあ、自分がそこまで腹をくくれているかといったら… 漠々たる感じというか、obscuritéという言葉がふさわしいというか。でも、というかだからこそ、自分で動かなければどうしようもない。このままでは絶対にどこの会社も自分を雇ってくれないぞ、と思うが、結局、自分で動いてみなければ動機も何も見えてこない。周りの人の言ってくれることにも一つの理があり、自分で動き回って掴むことにももう一つの理がある。そうやっていかないと自分のことなんかは分からないはずだ。最初は絶対に失敗していくが、やりながらきちんと反省/修正していけばいいという話で。(今さら)某外資の噂の名刺配り大会にも、応募したので行くけど、ああ怖い怖い。まあそれも経験経験! 家に引きこもっているよりは、何倍もいいに決まってるわけだし!!
確かに、就活というのはとてもためになるということが分かる。学生の強みは(一般的に言って)失うものがないということですが、就活についてなんかまさにそうだ。極端な話全部落ちようが、何だろうが、それは別に全く損はしてないし、コストパフォーマンスの良さで言ったらこの上ないわけだから、(やるからにはきちんと)やってみればいいわけだし、そのうちにobscuritéも過去のものとなっていることでしょう。就活が一段落ついたら、六月にフランス語の検定試験の一番有名なのがあるからそれは絶対受けるとか、TOEFLもちゃんと受けてなるべく高い点を取るようにきちんと勉強するとか、Excelもきちんとマクロまである程度は使えるようにしておくとか、そういう分かりやすい目標を設定した。哲学はともかくとして、語学はある程度まじめにやってきたのだから、そういうものはどこかで自分に納得のできる形にしとかなくてはいけない。
しかしまだ、曖昧もこもこアンキシャスな状態は続くのですが。どうなることやら。


Jan 14

何だか忙しい一月

いま、フランス語でやるメランコリーについての発表原稿を作っている。24日までにシーア派関連のレポートを書き上げなければならず、ちょうどその日には某海運会社の内輪な説明会もある。シーア派についてが今のところ少々ヤバくて、少々知識のあるイスラム系の哲学における重要な哲学者は、基本的にみんなスンニ派の人たちなので、そちらの方向で攻められない。となると、もうひとつ見当がつく分野としては、17世紀のヨーロッパにおけるイスラム研究の発展の中で、シーア派の存在がどのように認識されてきたかということになるのだろうが、どうやって調べていけばいいのか、まだあまり見当がついていないのだからこれはまずい。。


Jan 6

哲学に不向きであることを悟る

今の今まで気づかなかったわけではないし、本を読むのもそれなりには好きなのだが、とにかく、現代思想を含む哲学一般については素質がないということがわかった。あらためて見てみると、本当に何を言っているのかがよくわからない。何を言っているのかがわけわからないというのは、よくあることではあるし、そんなことは最初からわかっていることではある。しかし何がわけわからないかというと、それはどうも、哲学という営みそのものがわからないみたいなのである。大体、人の心なんかよくわけがわからないけどまあそれでもいいやんねぇ、みたいな前提の下で日々の生活は営まれているのに、そこに対してあえて疑念を呈する哲学者という人種は、相当あれだと思う。


Jan 2

2008年の抱負

抱負みたいなのは基本的に立てないのですが、今年は一つだけどうしても立ててみたい。
というのも、もう四年生で、楽しい大学生活も幕引きだからである。

・読書に当てる時間を削り、その代わりに辞書を読む(とりわけ英語)
大学に入ってから、少なくとも英語とフランス語については延々とやってきた。
フランス語はまだある程度日が浅いからともかく、四年生のうちに英語力(端的に語彙力ですが)をupしたい。
そのためには年末から始めた、単語ノートを取りながらの愚直な精読を絶えず「勤行」とするように心がけなければならない。
果たして続けられるだろうか。。
しかし、読解力を最も効率よく上げるためには、もはやこの方法しか残っていないのである。
一生で初めての単語帳(ノート)だが、この手法を英語が苦手な高校生にやってもらったら、割とできるようになってきたので、教え子の高校生に範を取り、自分でもやってみるという算段である。
今のぼくの読解力では、専門的な論文などは普通に読めるが、ちょっと込み入った評論や小説となると完全にお手上げ! である。
つまり、入試の時点から、目に見える形では進歩していないというのが実情なのである。
英文科のそこそこできる学生くらいの読解力を身につけられるようひたすら自習し、精進していきたい。